日本経済に潜む構造的な課題──「人手不足」が静かに成長の歯車を摩耗させている。2024年時点でこの人手不足に起因する機会損失は、 日本総合研究所 の 西岡慎一 主席研究員による試算で 16 兆円 に達するという。需要喚起のための積極財政を講じても、供給・人的リソースに限界があれば実効性を欠く可能性が高い。
宿泊業界でもその影響は明確に表れている。例えば地方都市のホテルでは、中国の「国慶節」期間中、観光客の受け入れがあったにもかかわらず、稼働率が50%に留まったという事例が報告されている。人的リソースの不足という供給制約が、利益創出の機会を阻んでいるわけだ。
業界の打開策として業務IT化が挙げられる。だが現実には、全産業平均で1人当たり年間45万円のソフトウェア投資であるのに対し、飲食・宿泊業ではわずか2万円という数値にとどまっている。人的依存が重いビジネスモデルであるにもかかわらず、「人を補う技術的な仕組み」への投資が著しく遅れている。
本稿では、都市部ラグジュアリーホテルを代表する以下3社―― ホテルオークラ 、 パレスホテル 、 帝国ホテル ――を、生産効率を中心に財務指標から分析し、人的・資本・技術という観点からみてみたい。
【折れ線グラフ:ホテルオークラ(黒)パレスホテル(青)帝国ホテル(赤)、棒グラフ:ホテルオークラ(左側)パレスホテル(中央)帝国ホテル(右側)】
企業力総合評価の俯瞰
ホテルオークラは、2017年・2024年・2025年において「正常な経営状況」に近づいている一方で、その他の年では厳しい環境にあった。2024年・2025年で復調軌道にはあるものの、他2社を追随する格好である。
パレスホテルは、コロナ禍(2020年)での落ち込みを経験しつつも、順調に成長トレンドを描いている。
帝国ホテルは、圧倒的な財務体質(流動性・安全性)を背景に優位なポジションを取り続けてきた。
各種効率指標(営業効率・資本効率・生産効率・資産効率)の比較
いずれの企業も、コロナ禍で各効率指標が大きく悪化したのは共通する。ただし回復のスピードには明確な差がある。
営業効率で見ると、ホテルオークラは2016年・2020〜2023年にかけて底値圏にあり、回復が遅かった。2024年に急改善を示した点は評価できる。
パレスホテルは2021年の急改善に加え、長期改善トレンドを維持しており、天井値を超える勢いがある。
帝国ホテルは、そもそも高水準を維持していたが、コロナ禍以前の水準に戻っておらず、2025年にはむしろ悪化傾向を示しており、解決すべき構造課題を抱えている可能性が高い。
売上高・従業員数・1人当たり指標の推移
売上高ではホテルオークラが最大規模、次いで帝国ホテル、パレスホテルという順である。ただし帝国ホテルはコロナ禍を経ても売上高が完全回復していない点に注意が必要。
従業員数については、直近2〜3年でいずれの企業も増員傾向にあるが、コロナ前の水準には及んでいない。
1人当たり売上高では、コロナ前は3社とも近似の水準だったが、以降は明暗が分かれた。ホテルオークラ・パレスホテルは伸長基調にあるのに対し、帝国ホテルは伸びが抑制され、2025年には減少に転じている。
1人当たり経常利益では、パレスホテルが明らかに優勢である。
雇用構造と人材活用の視点
臨時雇用比率という観点から面白い動きがある。コロナ前の比率ではパレスホテルが最も高く、次いで帝国ホテル、ホテルオークラという順。パレスホテルはコロナ禍を機に臨時雇用比率を大幅に引き下げ、その後再度の増加を経て、帝国ホテルの水準に近づいている。臨時雇用を整理したことで、回復のスピードを早めた可能性がある。
一方でホテルオークラは正社員比率が高いにもかかわらず業績回復が遅い。人的固定の重みが、柔軟な構造転換を阻んでいる可能性を示唆している。
固定資産・資本投下の効率性
有形固定資産の動きを見ると、ホテルオークラは2019年に向けて増加傾向、帝国ホテルは2025年に大規模な増加を実施している。これらはホテル業の典型的な設備更新・減価償却サイクルを反映する。
有形固定資産回転期間(資産効率を裏付ける指標)では、稼働率の高さで知られる帝国ホテルが短期化しており、効率力の高さを端的に示している。ホテルオークラは2021年まで悪化が続いたが、その後改善軌道に乗っている。パレスホテルもコロナ禍を除いては改善傾向にある。
なぜ「規模が最も小さい」パレスホテルが改善力を示せているのか
ここまでの分析を踏まると、最も規模が小さいパレスホテルがなぜ強い改善トレンドを描いているのかという問いが自ずと浮かぶ。その鍵の一つが「無形固定資産」、なかでもソフトウェア投資であると考えられる。
ホテル業界全体で1人当たりソフトウェア投資額が低迷している中、パレスホテルは2020年に先行してIT投資を実行。そして、その後に1人当たり売上高・経常利益の伸長を実現している。人的リソースが制約される中、「人で解決しない仕組み」を先行して構築した先行事例と言える。(オークラ・帝国ホテルに数字がないのは重要性の基準で開示されていないだけでゼロではない。)
結論:人手不足時代の宿泊業経営への示唆
人的制約が成長を抑える構造変化の中で、単に「人を増やす」「応募を集める」だけでは、持続可能な成長モデルにはなり得ない。むしろ「人に頼らないオペレーション」「人を補う技術・資本の投入」が競争優位のカギとなる。
パレスホテルの事例はその発見への手がかりを与えてくれる。ラグジュアリーホテル市場においても、人的資源の確保だけではなく、資本・技術構造を含めた総合的な構造改革が、今後の成長を左右する。
個人Will会計という独自の人事制度でも注目されており、個人の成果を正当に評価し、能力主義を徹底しています。
まとめ
- 1 日本全体で人手不足による機会損失が16兆円規模に達する可能性がある。
- 2 宿泊業では人的制約で稼働率が低迷する実例が存在する。
- 3 宿泊・飲食業界の1人当たりソフトウェア投資額は全産業平均を大きく下回る。
- 4 3社比較で、パレスホテルが規模は最小だが改善トレンドで優位。
- 5 ホテルオークラは回復軌道に乗っているが他社の後追い。
- 6 帝国ホテルは財務体質に強みがあるものの、近時改善が停滞しており構造課題を抱える可能性。
- 7 技術・資本を活用し「人で解決しない」モデルを構築した企業が将来的に優位になり得る。
編集後記
- 六甲半縦走に参加しました。須磨浦公園から新神戸駅まで30キロ六甲山系を歩く企画で関西の健脚自慢には有名な大会です。六甲縦走の半分のライトな方を選んだのですが、ポイントを時間内に通過できず、六甲半半半縦走となってしまいました。自分の体力の現在地を知りました。励みになります。
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